所長ブログ『シロとクロ』

エジプト紀行

2014/03/07

1月8日に前回年男であった48歳の時のことを書き、その当時寄稿したものを思い出しましたので、ここにも載せることにしました。

2002年12月24日夕方、私たち家族はナイル川東岸にあるルクソール神殿で繰り広げられる「光と音のショー」を観るために、他のツアー客に混じって神殿前の広場にいた。
「光と音のショー」と聞いて、健全な男性の発想としてベリーダンスをするような恰好をした女性たちが入り乱れてルクソール神殿を舞台に飛んだり跳ねたりするのではないかと期待し、小学校5年生の娘には刺激が強すぎることはないかと心配しながら開演を待った。
開演15分前。
赤道に近いので暗くなるのが早い。赤道に近いとは言え、日が暮れると気温が下がり半袖だけでは肌寒い。エジプトでは地中海沿岸以外1年中雨が降らないので雲はなく、日が沈むと満天の星空である。
地平線に太陽が沈むという自然の営みを生と死に重ねた精神世界に位置付けて、古代の人々が感じたであろう感覚はこのようなものかと空想を巡らした。
遠くのスピーカーから流れるコーランが、かすかに聞こえる。
「光と音のショー」は、月曜と木曜が英語、火曜が日本語、水曜がロシア語、金曜がフランス語と決められているそうで、7日の内の一日に日本語が充てられているということは、それだけ日本人観光客が多いということだろう。
私の参加したツアーは32人だったが、この日のショーに合わせて他のツアーに参加した日本人が次々と集まり、見渡したところ開演する頃には500人以上はいたと思う。
ショーが始まるまで少し時間があるので、隣にいた女性に話しかけた。
「どちらからですか。」
「新見です。」
「僕は鳥取だから近いですね。」
「鳥取は私の妹が嫁いでいます。」
「そうですか。」
「岩美町の人と結婚して。」
「僕の職場にも新見出身で岩美に住んでいる人がいますよ。」
それが同一人物であることが判明し、ショーを静かに待っている人たちの中で、二人の部分だけ異常に盛り上がっていた。
奇遇では言い表せないほど低い確立の出来事に遭遇したことを、帰国後、当の妹である同僚に報告したことは言うまでもない。
気が付いて我に返ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
いよいよショーの始まり。日本語による荘厳な言い回しの語りが神殿全域に響き渡り、スポットライトが「オベリスク」「ラムセス2世座像」「塔門」などを闇の中から照らし出した。
私たちツアー客は、古代エジプトの神話のナレーションを聞きながら、スポットライトに導かれて奥へと前進する。ただそれだけ。
看板に偽りはなかった。
私はこのツアーに参加するにあたり、暗闇でも映せるビデオカメラを購入し、それで撮りながら進んだ。
「セニョール、カム、カム・・・」私の肩を誰かがたたいた。多分現地の警察の人だろう。立ち入り禁止のロープの内側に入って撮ってもいいと言う。神殿内を移動するたびに、ここで撮ったほうがいいといちいち案内してくれるものの、暗闇で撮る画像は白黒のため撮っていてもあまり面白くない。あまりにしつこいので日本円で千円のチップを渡したところ来なくなったが、今度は別の男性が私の周りをうろうろするので、ビデオカメラをバッグにしまった。
年が明けて3月末には、30年務めた公務員を退職し、4月に社会保険労務士を開業することが決まっている。今までの自分自身のリセットと家族に対するサービスの意味でのエジプト旅行だった。

平成26年3月6日現在エジプト情勢をインターネットで調べると「観光バスを標的とした爆発事件が発生、渡航の延期をお勧めします。」と表示されていますので、本当に良い時に行ったと思います。情勢が安定すれば再び訪れたいと思っています。